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東京地方裁判所 昭和60年(ヨ)1435号 決定 1985年3月15日

債権者

X株式会社

右代表者

A

右代理人

柏木薫

清塚勝久

山下清兵衛

池田昭

小川憲久

松浦康治

柏木秀一

債務者

A株式会社

保全管理人Y

右当事者間の動産仮差押申請事件について、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件仮差押申請を却下する。

理由

本件仮差押申請の趣旨及び理由は、別紙有体動産仮差押申請書写記載のとおりである。

よつて、考えるのに、本件仮差押申請が民法三一一条六号、三二二条の動産売買の先取特権に基づいてされているものであることは、申請の趣旨及び理由から明らかであるが、右先取特権の実行は、債権者が執行官に対して動産を提出したとき、又は動産の占有者が差押えを承諾することを証する文書を提出したときに限り、当該動産を差し押え、換価するという方法によつて許されるのであつて(民事執行法一九一条、一九二条、一二二条以下)、先取特権それ自体の実行ないしその保全のために仮差押えを利用することはできないものと解すべきである。なぜなら、仮差押えは、債務名義に基づく強制執行を保全することを目的とするものであるが、強制執行と担保権の実行とは、全く別個の根拠に基づく制度なのであるから、担保権の実行ないし保全を目的とする仮差押命令を発することは許されないというべきである(東京高裁昭和五九年一〇月二日決定・判例時報一一三七号五七頁)。

もしも、動産売買の先取特権の実行ないし保全のために特定動産に対する仮差押命令を発することを認めるとすると、先取特権が存在すると認められる限り、いわゆる保全の必要性のない場合にも仮差押命令を発しなければならないことになり、また、先取特権の立証は疎明で足りることとなるし、本案の起訴命令の申立てがあつた場合には、本案訴訟に当たるものが何かという問題があるのみならず、担保権の実行には本来債務名義を必要としない筈であるのに、その取得を強制する結果となる。

元来動産売買の先取特権については、その立法趣旨が現在の商取引一般に妥当するかどうか疑問があるのみならず、十分な公示方法に欠け、一般債権者を害する等の批判があるのであつて、また、債務者の倒産等の事態にあつては、かえつて不公平な結果を生ずるおそれもある。これらの点からすると、動産売買の先取特権の実行ないし保全のために仮差押命令を発することを認めない結果、右先取特権の行使が制限されることとなつても已むを得ないと考えられるのであつて、この点については、右先取特権に基づく物上代位権の場合と異ならない(東京地裁昭和五九年五月二一日決定・判例タイムズ五二八号三〇四頁)。

よつて、本件仮差押申請は、その理由がないから却下することとし、主文のとおり決定する。

(藤田耕三)

〔申請の趣旨〕

債権者から債務者に対する前記債権の執行を保全するため、債務者所有の別紙物件目録記載の有体動産は仮に差し押さえる。

旨の裁判を求める。

〔申請の原因〕

一、債権者は果汁並びに果実加工品の製造販売及び輸出入等を業とする株式会社であり、A株式会社(以下保証乳業という)は牛乳の処理並びに飲料品の製造販売等を業とする会社である。

二、債権者は、Aとの間の商取引基本契約に基づき(疏甲第一号証)、昭和五二年頃より果汁用の原料であるミカンの砂のう、冷凍濃縮果汁類等(以下本件商品という)を販売してきた。

三、債権者はAに対し、昭和六〇年一月五日から二月二五日までの間に別紙物件目録記載の本件商品を継続的に売り渡したが(疏甲第二号証の一乃至三〇、疏甲第三号証の一乃至七、疏甲第四号証の一乃至三)、右売買代金合計金四〇、四九九、三三五円は未だ支払を得ていない。

四、然るに、Aは昭和六〇年三月八日、○○地方裁判所○○支部に対し会社更生の申立をなし、同月一一日保全管理人として弁護士Yが任命された(同庁○○支部昭和六〇年(ミ)第一号)。

五、債権者は、本件商品に対しては、民法第三二二条に基づく動産売買の先取特権を有するものであるところ、このままの状態で推移すると、果汁用原料として消費されるおそれがあり、かくては本件商品に対する債権者の先取特権が消滅してしまうこととなり、債権者としては右先取特権保全のため本件商品を直ちに仮差押する必要がある(猶、債権者は売買契約を解除すれば、本件商品に対する所有権に基づく引渡請求権も有するものである)。

Aは、債権者との間の商取引基本契約に基づき請求債権全額金四〇、四九九、三三五円について期限の利益を喪失しており、直ちに右本件商品に対して先取特権の権利を行使することができるが、本商品のうち現在までのところ既に一部が債務者によつて使用され、現実に債務者の保管にかかる本件商品は金二、五〇〇万円相当と思料される(疏甲第五号証)。そこで、右二、五〇〇万円相当の本件商品に対し、動産売買の先取特権により担保された右売掛代金債権を保全するため仮差押の申請をなした次第である。

債権目録<省略>

物件目録<省略>

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